Monday, January 31, 2011

問題小説 恵子の最終楽章 第10回

「おばあちゃん」
 という言葉は恵子の胸をえぐった。
自分の孫に言われる時は、どうということはない。だが、
「他人にしかも十代の女の子に言われると、胸をえぐられる」
 家で鏡を見て自問自答した。
「あなたはまだ若い」
 気分のよい時はこう思って楽観できた。だが、落ち込んでいる時は、
「あなたはやっぱりおばあちゃん」
 ともう一人の自分が言うのだった。
「誰もが通る道とは言え、人生の最終楽章は辛い。素晴らしい最終楽章にしたい」
 恵子はあせりを覚えていた。
「人生に対してもだが、恋の炎を消せない自分に対しての慟哭に対して」
 鏡を見て自分を落ち着かせるように呟いた。
「人生なるようにしかならない」
 恵子は寂しく笑うのだった。

Sunday, January 30, 2011

問題小説 恵子の最終楽章 第9回

「老人会に参加してください」
 町の世話役が恵子の元を訪ねてきた。
「私は老人なのか」
 こう思うと恵子は溜息が出た。そしてこの老人会にいやいやながら参加して老人の顔を見るたびに体調を崩すのだ。
「これが人生の最終楽章なのか。人生の最終楽章はこれほどまでに寂しいものなのだろうか」
 自問自答しても答えは出ない。
恵子の生きがいは街の音楽家モンティーミヨシが週一恵子が住んでいる町の駅で開くコンサートを聞きに行く事だった。
「1950年代、60年代の音楽を聞かせてくれる」
 恵子は十代の女の子に混じってモンティーミヨシの音楽を聴いた。何の違和感もない。当たり前の話である。
「恵子が十代、二十代の頃の音楽なのだから」
 だが、十代の女の子の一言が恵子の胸を突き刺した。
「おばあちゃんも音楽が好きねえ、分かるこの音楽」
 この言葉を聞いて恵子は生きた心地がしなかった。 

Saturday, January 29, 2011

問題小説 恵子の最終楽章 第8回

「おばさん、お金くれるんなら遊んでやっていいよ」
 まだあどけない少年が恵子に声をかけてきた。
「あんた年いくつ」
 恵子が少年に聞いた。
「十八歳」
「うそ」
 押し問答が続いた。
「どう見ても中学生である」
 恵子は自分自身に腹が立った。
「なめられたもんだ、足元を見られた」
 恵子は歩きながら、
「夫が生きていたらこんな寂しい思いをしなくてすんだのに。なんで私だけこんなに寂しいのだろう」
 自問自答したが、答えが出るはずもなかった。

Friday, January 28, 2011

問題小説 恵子の最終楽章 第7回

「おばあちゃん、むやみやたらに男を釣ったら駄目だよ」
 十代の突っ張り少女が声をかけてきた。
「なんで・・・・」
 恵子は少女の言葉の意味が分からなかった。
「この街をよく見てごらん、みんな孤独な女が幸せになろうと男を釣りに掛かっているんだよ。新入りがほいさっさと男が釣れるような街じゃないんだよ。この街は」
 少女の言葉に、改めて恵子が回りをよく見渡してみると、
「老いも若かきも孤独な女がそこらここらで目を光らせていた」
 恵子は、
「ほんとだ」
 と突っ張り少女にこう言うと、
「何がほんとだよ、のんきだねえ」
 と呆れたように言葉を返すのだった。
「みんな孤独で辛い」
 恵子は昔流行った歌、真夜中のギターの一節を思い出していた。

Thursday, January 27, 2011

問題小説 恵子の最終楽章 第6回

「誰にも後ろ指を指されない恋人を見つけよう」
 娘の初体験の相手正雄に逢いたくて仕方がなかったが、今後の事を考えて恵子は思いとどまった。そしてこう思ったのである。
 繁華街を歩いて若い女の子がするように男性の気を引いたのだった。
「自分の初恋の相手に似ている三十歳くらいの男性に勇気を出して声をかけた」
 恵子のハンティングは上手くいったかに見えた。だが、パトカーのサイレンが聞こえた恵子は胸騒ぎがした。
「ひょっとして自分のところに来ているのかも」
 恵子の勘は当たっていた。
ビルの谷間に隠れてじっとしていると、パトカーの無線が聞こえてくる。
「推定年齢70歳くらい女性、挙動不審・・・・・・・」
 恵子はため息をついた。
「警察のご厄介だけにはなりたくない」
 冷や汗が出た。
「女は年を取るとごみの扱いか」
 こう呟いてまた溜息をフーと吐くのだった。

Wednesday, January 26, 2011

恵子の最終楽章 第5回

 恵子は娘夫婦と孫と同居している。母親と娘はギクシャクとした関係となったのは言うまでもない。
何も知らない夫は、
「何があったか知らないが、仲良くしてくれよ」
 と言葉をかけた。
妙な雰囲気を察しているのである。恵子は娘や孫のため、
「もうあの娘の初体験の相手と会うのは止めよう」
 こう思った。
だが、理性が勝っているうちはいいのだが夜ベッドに入って気持が高ぶってくると会いたくなるのである。
「自慰をするのだが我慢できるものではない」
 恵子は、
「ああ、あの人に会いたい。明日はあの人に逢おう」
 こう思うのだった。
次の日恵子は携帯のボタンを押した。 

Tuesday, January 25, 2011

問題小説 恵子の最終楽章 第4回

 陽子(ヨウコ)の怒りは収まるどころか日に日に凄くなった。当然である。母親の恵子が関係を持った初体験の相手正雄(マサオ)とはまだ関係が続いていたのだ。恵子の顔を見ると、
「犬畜生」
 と罵倒(バトウ、罵る事)する日々が続いたのである。
そんな二人の仲を取り持ったのが、陽子の娘、恵子の孫のあゆみだった。
「仲良くして頼むから」
 この言葉で一応は殺し合いの危機は免れた。
恵子は家の中で娘の陽子に頭が上がらなくなったのである。
 だがまたまたこの一家に驚愕の出来事が起こった。恵子の元に、
「正雄と陽子がラブラブに入って行く写真が送りつけられて来たのである」
 恵子は驚愕した。
「あんた関係が続いていたの」
 この恵子の言葉に、陽子は返す言葉が無かった。
「夫にばれたら、一巻の終わり」
 だからである。
この家に気まずい沈黙が流れた。

Monday, January 24, 2011

問題小説 恵子の最終楽章 第3回

 恵子は回りからチヤホヤされて得意の絶頂だった。各地の公民館に招かれて、
「七十歳からの素晴らしい生き方」
 を講演したりしたのである。
「同年代の女性からチヤホヤされてヒロインとなったのだ」
 だが、そのヒロインもある出来事をきっかけに落ちた偶像となっていった。恵子の家に、
「恵子と娘の陽子の初体験の相手正雄がラブラブに入って行く写真が陽子宛に送られてきたのだ」
 陽子は逆上して怒った。
「これ何、説明してよ」
 この言葉に、
「見ての通りよ」
 と恵子は言葉を返す以外にすべはなかった。
「あんたって犬畜生以下ね」
 陽子の怒りは納まらない。
「地獄に落ちろ」
 悪口雑言の限りを母親に投げつけるのだった。

Sunday, January 23, 2011

問題小説 恵子の最終楽章 第2回

 恵子は娘の初体験の相手と深い仲になってしまった。いや、なってしまったと言うより自ら進んでなったのである。
「いいんだ、これでいいのだ。すべては神のおぼしめしだ」
 恵子は自分にこういい聞かせた。
事実本当に神の思し召しのように、
「恵子は日々若返って行った」
 人も羨むほどだった。
「恵子さん最近すごいねえ。若返る秘訣を教えて」
「ヒミツ」
 回りの同年輩の女性が羨ましがった。
「恵子は得意の絶頂だった」
 誰に聞かすともなく、
「人生は楽しんで生きるに限る」
 こう口ずさんで歩くのだった。
そしてこの幸せはずっと続くかに見えた。
 だが、・・・・・・・・・・・・・。

Saturday, January 22, 2011

二宮正治の問題小説 恵子の最終楽章 第1回

 恵子は七十歳になる。
「私の人生も最終楽章だ。最後はきれいに飾りたい」
 常日頃こう思っていた。
がしかし、三年前に夫に死別してあまりの寂しさにもんもんとした日々を送っていたのだ。
「自分の理性をあざ笑うかのように、自分の体の底から湧き上がってくる欲望を抑えきれずどうしようもなくなっていたのである」
 恵子は人知れず悩んだ。
「どうしよう欲望のコントロールが効かない、自制ができない。女の人生の最後はこんなものなんだろうか。こんな事を仲の良い友達にも絶対に聞けない」
 恵子は抑えきれない欲望を自慰で紛らわす日々を送っていたが、ある日事の成り行きから若い男性と関係を結んでしまった。
「娘の初体験の相手と」
 今、恵子の最終楽章のタクトは振り下ろされたのだ。誰も分からない楽章が。